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番外「玉手箱」さらにどうでもいいお話編~世界の芝~第二章~

 2022年5月29日15時42分21秒9の出来事である。

 気を落ち着かせようと手に持ったコーヒーカップがぶるぶると大きく震え、お気に入りのTシャツとソファを派手に汚した。

 自分で言うのも何だが、自分自身に起きたことに対してはあまり動揺しないタイプである。何年か前、自身の大病を告げられた際にも、その報せを聞いて眼を泣きはらしたオンナは四人や五人ではなかったにもかかわらず、僕自身はまるで他人事のようであったし、会社の経営状況が良くない、と会計顧問会社の担当税理士H女史に宣言された昨日もそうであった。

 

  しかし、この時は違った。第三者には、それお前には全くカンケ―ないやろ、と言われる可能性があるが、断じて言う。関係あるのだ。

 

 そもそもの話は2015年に遡る。M氏が、ある審査基準の厳しい資格を取得したときからこの話は始まるのだ。 ここまでお読みいただいてピン!とくるひとは、この「玉手箱」を以前から熟読し、且つその分野について相当な専門知識をお持ちの方である。

 以後、医学には全く関係ないので、真面目な方はご自身の時間を有効に活用するため、ページを閉じていただいたほうがよろしい。

 

 閉じましたか?  閉じなかった方は最後までお付き合いください。

 

  M氏はK市に本社のあるMM社を母体とするK社の社長で、趣味の競馬の馬券を買っては外れる、を繰り返していた。見かねた友人が、半ば呆れてそれならいっそのこと、馬主になったらどうですか?と勧めたことで中央競馬の馬主資格を取得した方である。

 M氏が馬主になった理由は、「タケユタカに凱旋門賞を獲らせる」、この一点のみである。

 ここで、既にページを閉じた真面目な方にご説明申し上げると、凱旋門賞というのは、一言でいうとすごい賞である。なぜかテニスに例えると、日本人がウインブルドン大会に優勝するようなもの、いや、それ以上のものである。

 M氏が言うに、誰がオーナーの馬でもよい、タケユタカに凱旋門賞を獲ってほしい、というのだから、なかなかに筋金入りのタケユタカファンである。

 そこで、自分が購入した馬にタケユタカを乗せて走らせるのが手っ取り早いというのだ。

 その馬素人は、某悪徳業者から高額の馬を売りつけられることになる。最初に買った馬は1億6千万円。13戦して3勝止まりで、獲得額は1600万円足らず。大赤字である。以後、この方は毎年毎年何頭もの高額馬を売りつけられ、赤字を量産することになる。なお、このM氏に馬主資格を取ってはどうですか、と進言した友人というのは他ならぬタケユタカである。

 たまに、おっ!?、という馬が出るのだが、数戦すると走らなくなり、「K社の呪い」とまで言われたものだ。

 であるから、ドウデュースというこの鹿毛の馬が、一昨年2021年9月のデビュー戦、続けて2戦目と勝った時にも、どうせK社の呪いで走らなくなる、と専門サイトの掲示板ではこき下ろされていた。

 しかし、おほん、僕の評価は違ったのである。

 僕の、大学時代から記録している研究ノートVol.12を紐解くと、初戦、2戦目ともに1800m戦。小倉→東京という転戦であったが、印象としてはもう少し距離が伸びても走る=2000は大丈夫、2400は展開による、と記している。何より、馬体のバランスが良く、胸回りのしっかりとした造作は、馬場が少しくらい渋っても、そのピッチ走法も相まって十分に対応可能であろう、と書いている。

 誰も褒めてくれないので自分で褒めるが、なかなかに観る目がある。呪いにかかった他の馬は冷静に切って捨てているのだが、この馬に関しては一味もふた味も違うぞ、と考えていたのだ。

 「2400は展開による」、ここ、馬券試験によく出る箇所なので、メモしておくように。

 第73回朝日杯FS(1600m、阪神)を大外から差し切った際も、大した驚きはなかった。距離がデビュー戦、二戦目よりも200m短いレースを選んだが、しっかりとした末脚を持っているので、鞍上が間違ったりレース中のトラブルに巻き込まれたりしなければそこそこ来ると思っていたし、勝てなくても距離が寸足らずでもあり、クラシックに影響はないと考えていた。

 その朝日杯FSを見事な末脚で差し切ったレースは、JRAホームページまたはようつべで観ていただくとして、この若駒は、胸を張ってクラシック戦線に挑戦することになった。

 

 ここで、再び既にページを閉じた真面目な方にご説明申し上げると、クラシック、と日本競馬ファンが表現する場合、基本的に5つのレースを指し示す。クラシック!おお、何と優美で切なく、甘い響きであることか!僕なんぞは「クラシック」と口にするだけで、おおよそ1時間は涙が止まらないほどになるのだ。

 「競馬」。まさか、自分が馬券を買った馬がなんか走って勝ったらお金が儲かる!やったー!!と思ってはいないでしょうね?

 そんなものではないのだ。

 いま、日本の競馬場レースで走る馬=サラブレッドという品種の馬、このうち、満3歳学年の馬だけが参加できるレースを日本では「クラシック・レース」または単に「クラシック」と言う。モデルは基本的にイギリスのレース体系である。

 すべての3歳サラブレッドに挑戦の可能性が与えられるのが「皐月賞」、「東京優駿(日本ダービー)」、そして「菊花賞」。3歳の牝馬(ひんば=雌馬)のみが挑戦できるのが「桜花賞」、「優駿牝馬」である。敢えていえば、それに比較的新設の「秋華賞」を加えて「牝馬3冠競走」とも称する。

 補足すると、この前者、皐月賞、東京優駿、菊花賞すべてを勝った馬を「3冠馬」というが、いままでこれを達成した馬はたったの8頭。セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイルである。

 僕の世代はミスターシービーから。すんごい末脚だったよなー。大地が、大地が弾んでミスターシービー!の、あの(って言っても知らないか)シービーね。ルドルフは皇帝と言われ、「競馬に『絶対』はある」優等生。ナリタブライアンも強かったぞ。シャドーロールが可愛くて、なりぶー、愛された。オルフェーヴル、あんまり知らないでしょ?金色(こんじき)の暴君。レースが終わったら騎手を振り落とすので有名だった。めちゃめちゃ強い馬だった。コントレイルはビミョー。強いのは強いけど、いまひとつスター性がなかったように思うのは、屋根の問題か。

 はい。1頭飛ばしています。

 翼を拡げて飛ぶ、と表現されたディープインパクト。この馬の3歳暮れの有馬記念で負かしちゃったのがハーツクライという馬。

 やっとつながったね。つながった。と思った方、コロナ禍が終わったら呑みに行きましょう。

 

  競馬は血統のロマン。サラブレッドをさかのぼっていくと、必ずたった3頭の馬=始祖に辿り着く。ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリーターク。

 さっき名前が出たハーツクライは、ダーレーアラビアンを始祖とする系統で、父はサンデーサイレンス。ちょっと退屈だけど付きあっていただくと、ディープインパクトも父はサンデーサイレンス。競馬で「きょうだい」というときは、母が同じ場合を言う。母親が違うので、兄弟ではない。ハーツクライが1学年先輩だ。

 ディープインパクトがタケユタカを背に三冠レースを無敗で手にしたのが2005年。その年の12月、暮れの有馬記念というレースでも敗けないだろう、といわれていた彼に勝ったのがハーツクライだった。

 ドウデュースは、そのハーツクライの子。その子の鞍上にタケユタカが乗り、クラシックレースを走る。なんというロマン!

 

 さて、クラシックに駒を進めたドウデュースは、その第一弾の皐月賞で敗れることになる。中山競馬場、2000m。18頭立て1番人気。後ろからじっくりとレースをすすめ、ゴールまでの600mは一番速い33秒8。1着のジオグリフとは0.3秒差の3着。2着は後に世界一となるイクイノックスという馬。

 もう、競馬ファンにはたまらないメンツが出てきましたねー。

 分析と展望。

 反省と決意の日々。

 人生と同じことが反映されるのが競馬なのである。

 

 このレースを観て、ファンは何を思い、その先に何を見たか。次のレースの東京優駿まで、SNS上ではつかみ合いの喧嘩が始まった。

 喧嘩してもしなくてもお互いの人生には全く関係ないのに喧嘩が始まる。ほかの分野でもそうでしょうが、ここはオカネも絡み、夢も絡み、立場が変わると意見も変わる典型的な社会構造が現出する。言っておきますが、競馬はあくまで紳士のスポーツ。紳士淑女が集って成り立つもの。しかし、おおよそ紳士淑女とはかけ離れた罵詈雑言の嵐がネット上で吹き荒れるのだ。

 

  2022年5月29日15時40分、かの有名な逆襲の物語が幕を開ける。

 陸上自衛隊中央音楽隊の奏でるGⅠファンファーレを合図に、18頭の枠入りが始まる。ゲートが開いた瞬間、岩田康成がハナを主張しレースを引っ張る。入りの1,000mは58秒9。東京の馬場状態を考慮しても少し早め。馬群の中団より後ろ、有力馬を前に見て、単騎で気持ちよさそうに走っている。理想的な位置取りと展開。さすがタケユタカ、僕が見込んだだけもことはある。うしろにイクイノックスか。これは少し不気味。前も見て後ろにも気を配らなければいけない。と思うのは気の小さい凡人の考え方。レジェンドは違うのだ。彼は自分のレースに徹底的に集中するはずだ。

 欅の向こうを通過して、サイレンススズカが回ってこれなかった祈りの第4コーナーに入る。

 18頭歓喜の大行進が、東京525mの直線コースに殺到する。

 

 大歓声。夢とロマンと欲望と自らの人生を投影したサラブレッドが何を思いながら疾走しているのかは解らないが、懸命に走る。

 結果、「逆襲の末脚!」と絶叫されたリベンジを果たすことになるのだ。

 

 この年、彼は10月第一日曜日のロンシャンに出走するのであるが、惨敗する。謀ったかのような発走直前のスコール。それよりなにより、どうも彼はフランスにバカンスに来たと思っていたようだ。

 

  翌2023年。国内での試走を圧勝し、ドバイに遠征。レース直前に当地の獣医に難癖をつけられ、発走取り消し。体勢を整え、秋の天皇賞(東京2000m)でのリベンジを!の直前当日、こんどはレジェンドマントが馬にけられて大けがをし、乗り替わり。これも影響してか敗戦。次走のジャパンカップもレジェンドは間に合わず。

 

 クリスマスイブ。

 中山2500m最後の直線。この日この1戦のみに騎乗したレジェンドマントを背に、急坂を1完歩ごとに力強く登ってくる。

 もう一回フランス行こう。

 レジェンドの心のつぶやきが漏れ聞こえた。

 2023年12月24日15時42分30秒9の出来事である。

               This year is OK!

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