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松原市の小児科、アレルギー科 ふくしまこどもクリニック

院長の玉手箱

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the Pale Blue Dot

 
 この、一見なんだか解らない写真は「the Pale Blue Dot」と呼ばれます。
 1990年、宇宙探査機のボイジャー1号が、約60億キロメートルの彼方から撮影した地球の写真です。

 右端の、茶色い帯状の光線の中ほどに、画面の汚れにしか見えない、ちいさな青白い点が写っていることにお気付きでしょうか?
 これが、地球です。

 アメリカの天文学者、カール・エドワード・セーガンがNASAに掛け合い、この写真を撮らせたそうです。

 彼は、その講演のなかで、「この距離から見ると、地球は、特に興味深くは見えないかも知れない。しかし、あれは故郷で、あれが私達なんだ」「人類の全ての歴史は、この小さな青い点で起こっている。ここは、我々の唯一の家だ」と表現しています。

 悠久の時間のなかで、一瞬にも満たない時間を共有している僕たちは、まさに日々奇跡を見ているようですね。
 

2018-07-31 12:32:46

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小さな窓から見える♪

 
 読者のみなさま、ご無沙汰しております。
 ふくこどの休診について、いろいろなウワサを耳にします。
 つぶれる説、移転する説、職員の大量退職説、ロシアに行った説、等々。
 
 いずれも誤りです。

 経営状況はそんなに悪くないですし、でも移転するには経営体力が乏しいし、職員たちは院長の留守中、一丸となってクリニックを守ってくれています。
 なので、安心して院長はニッポンを応援し、声を嗄らすことができます。
 ベルギー戦は惜しかったです。二点獲った時に嫌な予感がしたのです。あまりに奇麗に獲りすぎたし、時間帯も少し早い。

 小さな窓から見える夜景をチラチラと眺めつつ、小さな部屋で声を潜める時間が過ぎていきました。

 いまのところ、この小さな窓から見える、この世界が僕のすべて、です。
 もうすぐこの窓を開いて、自由になります。

 復旧までしばらくお待ちください。

2018-07-06 14:50:48

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30億塩基対


 
 
 お世話になった小児科主任教授が退官され、新天地に赴かれることになった。先日、大学同門会恒例の新年会でその旨の発表があった。
 任期を十分に残した時期のご決断であったので、皆は大いに驚いた。
 

 ちょうど六年前の新年会。法善寺横丁の料理店で、そろそろお開き、というときに、ほろ酔い加減の教授が大きな声でテーブル越しに僕に声を掛けた。
 僕は、勉強がキライで、生来面倒くさがり屋。大学卒業後、大学院には進まず、臨床べったりで凡そ医学研究には縁遠かったのであるが、そんなデキの悪い僕に、学位取得を提案してくださった。
 
 大学の十年先輩の現教授は、臨床もよくできるが研究はもっとできる、という方で、ことあるごとに、研究せぇ、研究せぇ、研究せなアカンぞぉ、と耳元や廊下越しに仰り続けた。
 臨床報告で僕が初めて論文を書いた時には、その面倒を見てくれたものだ。当時、パソコンは自由自在に動く時代ではなく、赤ペン入れまくってもはや原型を留めない僕の原稿を返してきて、やっとひとつできたなー、もっと書けよー、と細い目で笑ってくれた。
 研究の真似事をしている僕の手つきを見て、お前、そんな不器用な手ぇやったら、女の子にもてへんぞ?!などと茶目っ気もたっぷりで、僕を含めて皆が大笑いしていた時代。

 あ。なんだか追悼文みたいになってきたけど、教授はめっちゃ元気です。念のため。

 閑話休題。
 アメリカNashvilleのVanderbilt大学に留学され、帰国されてからはますます研究に打ち込まれ、前教授の吉岡先生とともに小児腎臓分野研究のトップを文字通り快走された。
 僕が、東京都立清瀬小児病院に出向し、日本中の研究者とお話しする機会があった際には、近大、っていうことは、吉岡先生と竹村先生がおられて、羨ましいですよねー、などと幾度となく言われて、なんだかこそばゆい気分になったものだ。
 その後、僕は医局を離れることになるのだが、吉岡先生が思わぬ病で倒れられた際には、若くして主任教授に就任され、ぐいぐい教室を引っ張った。アイデアは、出す手出す手が爆発的で、どこから発想が湧いてくるのだろうと感心するやら呆れるやら、であった。人懐っこいタイプだが、芯は熱盛で、大学運営に関しては、ご自身の主張を強く表現し、ときどきぷんぷん怒っていた。

 あ。また追悼文みたいになってきたけど、もういちど言うけど、お元気です、念のため。

☆ ☆
 
 今回、論文に必要があり、人体発生学の教科書を買った。
 「Langman人体発生学」という、医学生のバイブルみたいな本であるが、内容を見て驚いた。三十年前の記載とはまさに隔世の感があり、遺伝子学的記載が溢れていた。
 僕が学生時代に基礎医学を学んでいたちょうどその頃が、遺伝子学的研究の黎明期であり、DNA探索の手法開発が進み始めた時代である。
 1953年、ワトソンとクリックがDNA二重らせん構造を発見し、ノーベル賞を受賞したのが1962年。それから二十数年を経て、PCR法という手法が開発され、そののち耐熱性の反応酵素が利用されるようになり、そこから一気に遺伝子研究が加速した。

 ヒトの遺伝子は、約30億塩基対から成るらしいが、1から30億まで、いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく、しち、はち、くぅ、じゅう、じゅういち、じゅうにぃ、と数えるだけで、おーい、ビール持ってきてー、と言ってまた叱られるくらいであるのに、さっき3回も計算し直したけど、一秒間にいち、数えていくと、30億まで数えるのには何日かかると思う?
 正解は、34,722日と少し。年でいうと95年かかるのだよ。

 そんな遠大な深遠な遺伝子を相手にした今回の論文、こうやって寄り道していたらなかなか進まない。

 ねじり鉢巻きで唸っていると、言語学の卒論執筆中の長男が冷やかしに来て、お?PCRやん。プライマーがどうたらこうたら、耐熱性DNAポリメラーゼがどうたらこうたら言うやつやろ?Sanger法や。

 へ?お前、なんでそんなこと知ってるん?と尋ねると、へ?高校生物で習ったやろ?「チャート式」に載ってる。と言われた。

 時代の流れと時間の流れは、ほんの一瞬なんだなー、と感慨深いある夏の休日であった。

☆ ☆ ☆
 
 クリスマスが過ぎ、学位論文発表会が終わって脱力していると、教授が笑いながら、キンチョーしてたなぁ、ガチガチやったやんか?お疲れさん。今日は酒飲んでええぞ、と飲酒許可をくれた。
 キンチョーなどというデリケートなものとは無縁の僕だが、キンチョーしていたとしたら理由はひとつ。
 先生がこの春で辞められる、って聞いてたので、まさか発表に失敗して、最後に先生に恥かかせられない、って思ってたからね。子の心親知らず、やな。
 その夜、僕は数か月ぶりに美味しいお酒を呑んだ。この数か月間は美味しくないエチルアルコールを飲んでいたけど。

 

2018-02-17 00:05:00

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サクラサク

 十数年、我が家には5匹の猫がいた。
 ゴン、レオ、シュー、チョコ、コヒゲ。
 みんな仲が良いというわけでもなかったが、それぞれ1階2階に棲み分けて、平和に暮らしていた。
 歳を取り、昨年秋にゴンが天国に逝き、最後にチョコちゃんが残った。
 正直、人気があった猫ではなく、でも他の4匹は雄猫で、チョコだけが雌猫だ。

 
 
 長男は「文系」に進み、卒業論文は「競走馬名から見た名づけの音象徴」というタイトルで、昨春から論文執筆に取り組んでいた(次男は連日、大学の実習と試験に唸っている)。
 そういうテーマであったから、親である僕は、JRAへの就職を目論んでいた。あわよくばJRAの世界進出に貢献し、タケユタカと知り合いになってもらって、世界のタケユタカと一杯酒を酌み交わすのが夢であった。何といっても僕は自他ともに認めるタケユタカファンであり、今だから白状するが、例年2月末頃に品川の某ホテルで開催されるファンミーティングにのこのこと遠征しているくらいだ。
 二年前のミーティングにはその長男と参加した。奴は別にタケユタカファンではないくせに、クイズ大会で次々に正解し、二度もタケユタカと握手してもらう、という快挙を成し遂げた。戦利品がこれである。
 
 
 突然(かどうかは知らないが)、そのウマ好きの長男が、「人の役に立つ職業に就きたい。今の僕のテーマであるところの、『競走馬名から見た名づけの音象徴』では、あんまり人さまの役に立たないような気がする」と言いだした。
 そのことについては、僕も薄々気付いていた。「競走馬名から見た名づけの音象徴」では、社会における具体的活動場所に乏しいのではないか。

 それって、馬に、ある音韻を含む名前を名付けたら、GⅠ(大きいレース)に勝つ、ってこと?
 と尋ねると、長男は事も無げにキッパリと答えた。
 「それくらいでGⅠに勝つんやったら、誰も苦労せえへんやろ?名前は関係ない。」

 彼は、卒業論文を書きつつ、4年ぶりに数学の勉強を始めた。

 今年の入試で、有難いことに某大学の合格を頂いた。その地は遠方で、なかなか簡単に帰省できないところに在るが、自らの志望と年齢とを加味し、彼は入学の意志を固めていたようであった。
 
 チョコは年老いており、日増しに食欲も低下し、何となく目力も衰えてきている。
 長男は、毎日毎日、愛おしむようにチョコを撫で、何かしらの覚悟を醸成する日々を過ごしていた。
 
  合格には厳しいかと思っていた大学から一次試験合格の報が届いた。当日、筆記試験の出来を聞いた際には、「取り敢えず生物が難しかった」とのことだったので、取り敢えずビール、の僕としては、雪深い彼の地での下宿探しの計画を立てていたところであった。
 
 さて、連休二日目の二次試験ー面接試験ーの朝、目が覚めて嫌な予感がした。妙に静かだ。
 
 
 なんじゃこりゃ!?
 
 集合はH市駅近くの大学に12時。乗る予定のバスは来るか来ないか分からない(何といっても1時間に1本だ)。まだグースカ平和に寝ている受験生を叩き起こす。起きろー!てぇへんだー。寝てる場合じゃない!!
 クルマのお尻を左右に激しく振りながら、慣れない雪道で渋滞したり追突したりしているクルマの車列をパスしつつ、駅に向かう。
 定刻に大きく遅れた路線バスとすれ違いながら、どうにか辿り着く。
 

 で、面接試験はどうだった?と訊くと、「キミが大学でやったことは、何か役に立つの?」と訊かれた、と。
 で、何て答えた?
 「いやあ、役に立ちません、って答えた」と。

 あのな、他に何か言い方なかったか?
 ・・・え?キミはちょと待ってて、あとで二回目の面接するから、って言われたの?

 笑ってる場合じゃないやろ?で、二回目の面接では何訊かれた?
 おんなじこと?で?・・・あ、やっぱり、役に立ちません、って言ったの?あ、そう?でも、一生懸命やって無駄なコト、って無いからね。何であっても、自分が出会った事柄に、真摯に真剣に取り組めば、将来何かきっとキミの血となり肉となるんだよ。きっと。

 ダメか。
 あの、先生方。今更言っても仕方ないかもしれませんけど、コイツ、優しいいいヤツなんですよぉ。タケユタカファンだし。あ、ファンじゃないか。でも、いいヤツなんですってば。

 チョコは変わらずに少しずつポリポリとお気に入りのフードを食べ、ときどきニャー、と啼く。
 
☆ ☆

 今日、最終合格発表があった。
 受験番号 0284番。
 なかなかヒトを観る目あるやん。サクラサク。
 

2018-02-17 00:01:08

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新年おめでとうございます

  



新年あけましておめでとうございます。
旧年中はいろいろとお世話になりました。
奈良の田舎は、雪景色です。
洗心憧憬
ふくこど、今年もよろしく願いいたします。

  



あ、今年はお酒もほどほどに。
記憶鮮明
で、頑張ります。

2018-01-03 12:22:13

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Let's Party!!



Let's Party!!

2017-10-31 08:53:48

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夏休み!



 

 夏休み!

ときどき
先生、氷やってはるんですか!?って尋ねられます。

初日
いーっぱいかき氷買い込んで、クーラーボックスに詰め込んで、レントゲン室に置いてガンガンエアコン効かせて
スタッフにさんざん言われました。

だ・れ・が
すみませーん、氷くださーい、って言うんですか!?

いるかもしれへんし。
めったに、氷アレルギー、ってなさそうだし。
寒冷じんましんで悩んでる患者さんには飴ちゃんでもいいと思ったし。

い・ま・せ・ん・っ!

・・・。
かき氷機も買おうと思ってたのに。



・・・。

いつもはとーってもやさしい看護師の上○さんまで
ちょっと冷たい感じで。

ま、そういうイミでは、院長が
ちょっと涼んだから
まあいいか。

でも、受付で言ってみてくれたら

あるかも。

 

2017-08-01 22:01:20

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おと


 奈良の東部、ほとんど三重県境に近いところに宇陀市がある。町村合併で生まれた市で、その一町に榛原町という人口一万人余りのちいさな田舎町があった。

 生まれも育ちも榛原町。
 静岡県にも榛原という地名があって、町議会の議員をしていた祖父は確か、いちど交流視察に静岡榛原を訪ねたことがある。
 しかし、榛原といえば奈良のこの地に決まっている。
 榛原町立大王小学校、町立榛原中学校卒。高校は県立畝傍高校。うねび、と読む。少し奈良に詳しい方なら、大和三山のひとつに数えられる山の名前であることをご存じであろう。こんもりとした丘程度の山である。麓に神武天皇が祀られている。
 夏、毎年8月4日には花火大会が開催され、この山間の小さな盆地に見事に花火の音が響き渡る。
 花火といえば榛原のこの地の花火に決まっている。
 
 彼は、中学、高校と、バレー部のエースセッター。当時、県でいちばんのセッターと言われた。気が合って、彼とは中学高校と同じで、予備校まで同じ。京都二条城の隣まで一年間いっしょに通った。

 予備校を無事に卒業し、勉強を頑張った彼は某国立K大学医学部に進学し、京都の歴史学を頑張った僕は、某私立K大学に進学した。
 その夏、一回生だった彼と僕は、どう考えても花火大会は榛原のそれが一番に決まってる、という意見で一致し、彼の有名なPLの花火とはどの程度のものか、冷やかしに行ってやろうとこれも意見が一致し、昭和59年8月1日、近鉄線に揺られて富田林まで出掛けた。
 ゴルフ場の外周道路に腰を下ろし、案外人出が多いな、花火というものを知らない人が多いんだな、という意見でこれもまた一致し、その時を迎えた。
 花火大会が始まると、ふたりとも口をあんぐりと開けたまま、ひとことも話さないまま首が痛くなるまで上空を見上げ続けた。
 帰路、ふたりがひとことも発さなかったことは想像に難くないであろう。三日後に迫ったふるさとの花火に何だか申し訳ない気分でいたことは共通していたようだ。

 そののち三十数年が経ち、いま、PL花火の音が窓の外に響いている。まさか、彼と呆然と空を見上げたこの地に自分が棲むことになろうとは露ほども想像しなかった。
 この春、息子が大学に進学した。彼は、その大学の消化器内科で准教授を務めていて、挨拶に出かけた。まさか、自分の息子がそんな形で彼に関わるとはもっと想像していなかった。

 「宇陀市はいばら花火大会」は、今年で第60回を迎える。開催日は、警備の都合で今年から8月の第一日曜日に変更になったが、「8月4日の榛原の花火」は、他の花火大会とはまるで比べものにならない、おおきな思い出と希望を包み込んで、ことしも大輪の花を咲かせる。
 

2017-08-01 20:22:31

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ワクチンセミナー 2017.05.20

 
 先日、ワクチン実務に関するセミナーに参加しました。
 医師のみならず、事務スタッフ、看護スタッフも参加する形式だったので、主催の製薬会社さまからのお誘いがあった際、他施設のワクチン接種への取り組みや工夫に接する良い機会であると思い、「行く人~!?」と参加者を募ったところ、土曜日の午後、という何かと忙しい日程にも拘らず、ふくこどスタッフ12名が参加しました。
 
 セミナーでは、豊中市の「キッズクリニックやまもと」の院長、山本 清一郎先生が、『予防接種の実務における注意点』についてご講演されました。
 座長である堺市 小児科八木医院の八木 和郎先生の軽妙な進行も相まって、臨床現場で留意すべき点が鮮やかに描出され、緊張感のある、佳いご講演でした。

 後半は、ワークショップ形式で、それぞれ与えられた検討テーマについて議論しました。ふくこどからは、facilitatorとして今永看護師長がご指名を受け、グループの討論を進めました。
 人見知りの多いふくこどスタッフが、どのように他施設のスタッフとコミュニケーションを取るのだろう?と思って父兄参観のキモチで観察していたのですが、みんなそれぞれ、しっかりと情報交換の議論に参加してくれていた様子で、頼もしく思いました。

 今回のセミナーは、南大阪地域の小児科クリニックが参加対象でしたが、それぞれagressiveにワクチン接種に取り組んでおられ、リスクマネジメントの重要さにあらためて気付かされた機会となりました。
 
 スタッフみんなも大いに議論に参加していたようですが、それを現場に還元できて初めて議論が意味あるものになるわけで、ここんトコ、しっかり指摘しておきます。

 山本先生、今度また面白い話聞かせて下さいね。
 八木先生、連日連夜、飲みすぎないようにね。

2017-05-28 14:35:34

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日本小児科学会 本編


 4月に開催される日本小児科学会の朝は、モーニングセミナーから始まりますが、先んじて、朝7時半から「ランチョンセミナー」と称される、昼食を摂りながらの教育セミナーの入場整理券が配布されます。人気分野の整理券は、配布開始間もなくなくなってしまうので、これを確保するのがタイヘン。朝イチに整理券配布に並んで、それからモーニングセミナーです。
 皆さん早起きで、会場となっている品川のホテルの部屋が(いろいろな理由で)とれなかった僕は、更なる早起きを連日強いられ、でも、普段と違って朝食をちゃんと食べるので、非常に健康的な数日を過ごしたのでした。
 脳みそも鍛えられました。

 
 金曜日の夕から日曜日の午後まで頑張ったご褒美がこれです!じゃーん!
 

 
 帰りの新幹線は、これまた品川駅みどりの窓口の池添玲子さん(仮名)に、「帰りこそは富士山を見せてくださいっ!」と泣いてお願いしました。するとちゃんと、ビニューではないウツクシイ稜線の、絵に描いたような富士山様がお見えになり、数日の疲れが一気に吹き飛んだのでした。往きは、この必死さが足らなかった。
 
 帰りはビールか!?とギモンを持たれた方へ。少し早めの夕食の写真。
 

 
 ほらっ。ケンコーテキでしょう?こんな健康的なお弁当をいただく、ってことは、ね?
 

2017-04-30 22:01:55

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